ハオ丸陰陽堂弐号店幻さん

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『一つの時代の終わりに』

ごめんなさい、少年が告げた。

いいんだよ、覇王丸は笑って答えた。

「お前に非は何もねえだろ?お前にとっちゃあ、あいつは仇だったわけだ。

お前さんは、正しいよ。何にも悪くはねえ。そう、悪いのは、あいつさ」

「でも………」

少年の声には、自責の念が篭っていた。

どうしたんだよ、そう尋ねようとして、少年の目が一際細くなっているのに気づく。

見つめている。覇王丸を。

覇王丸、視線を追った。目元である。

瞼を指でなぞった。僅かに、濡れていた。

けっ、吐き捨てる。腰の酒を強引に呷った。

「冗談じゃねえぞ」

どうして俺がそんなことを思わねばならない?

どうして俺が奴に対しこんな念を抱かねばならない?

酒が咽喉に染み渡る。食道を通り、カッとその身を熱くさせる。

―――そういや、あいつは清酒が好きだったな

覇王丸、目が細くなっている。涙は、僅かだが、絶えず彼の瞳を潤わせていた。

どうして死んだ―――その思いだけがある。

剣戟の最中、あの男を背後から襲った少年を責める気は毛頭ない。

仇討ち、その理由は正当そのものである。少年は、一つの悪も持ち合わせていない。

あの男一人が、全ての責と、悪を背負っている。

それでも、矛盾した考えを、憤りを覇王丸は抱く。

どうして死んだ、と。

二日前のことである。

彼の好敵手である牙神幻十郎は、呆気なく死んだ。





近江の街に、朽ち果てた道場がある。

黒河内道場、居合い術ではこの地方に知れ渡っている道場も、

鬼と呼ばれた下手人の出現により、

今や人っ子一人おらず、あばら屋と化している。

そこより暫く歩くと、やや似た風情のあばら家がある。

「右京さん」

病床の友人に話しかけた。咳がひどく、いよいよ死の影が痩身の居合い使いに

纏わりついている。

「………どうだい?もう一度やるかい?」

彼の愛刀・河豚毒の唾を押し上げ、その刃紋を見せて笑った。

右京も笑う。側に置いてある黒塗りの居合い刀を手に取ろうとした。

ガタ、音を立てて刀が落ちた。右京、慌てて刀を拾おうとした。

手が小刻みに震えている。

「…………」

覇王丸、右京の肩に手をやった。

「また、また今度にしようぜ、右京さん」

「…………」





「どうだい、阿国さん」

阿国、そう呼ばれた女性は顔を曇らせて顔を横に向けた。

覇王丸も釣られるように顔を向ける。

舞が、開かれていた。

登り旗には「狂死郎 漢一代記」とあり、壇上には薙刀を手に

鬼気迫る迫力で一心不乱に舞い続ける、彼の友人、千両狂死郎がいる。

覇王丸、思わず拳を握っている。

生と死、そして鬼、全てが凝縮されたような迫力が舞にはある。

だが、観客はまばらで、江戸の町にも係わらず、誰も足を止めず、

投げやりな目を向けて通り過ぎていく。

理由は簡単だった。

一ヶ月以上踊り続けている、その言葉に仰天した。

休むことなく昼も夜も。ただ一心不乱に、命全てを燃え尽すかのように。

「狂死郎!」

覇王丸、叫んでいた。無駄よ、阿国が咎めた。

「彼には、もう何も聞こえないわ。それより、よく目に焼き付けて。

あれが、千両狂死郎の正真正銘一世一代の舞なのだから―――」

夜の帳が下りた。

阿国が去り、観客は覇王丸と、他に日々通っているらしき老人一人、

随分と寂しい。が、演者の勢いは止まらず、衰えも見せず、逆に日に日に

鬼が狂死郎の身体を乗っ取るかのように、激しさを増している。

思い出ばかりが、静かに過ぎていく。覇王丸の中。

彼との出会い、曲芸の競い合い、時に刃と刃を交え、又は酒を交え―――

人の一生とは何なのだろう、ふと覇王丸は思う。

幻十郎は、突然消えた。

右京は、病により、いよいよ命の炎が揺らいでいる。

そして狂死郎、この正気の沙汰ではない行動は、必ずや仇となり彼を襲うだろう。

彼も、また―――

強者が、消えていく。

西方からの騎士、シャルロットはふらんす、ぱりという奇怪な名の国へと帰っていった。

柳生十兵衛は、一線を退いた。

ナコルル・リムルル、奇妙な運命を背負った二人のアイヌの者は消息が知れない。

剣を交え、命を代価として時に争い、傷つけあった戦友たちが、去っていく。

はぁ、溜息をついた。

酒を呷るが、どうにも口に合わない。

「畜生………」

一つの時代が、覇王丸にとって血沸き肉踊った、良き時代が、静かに終わっていく。

「浮かない顔じゃの」

飛騨は枯華院、

住職の花諷院和狆が、側で笑った。

覇王丸、あばら家同然の寺の縁側で、肘を突き横になっている。

「なあ、師匠」

「なんじゃ?」

「刀を捨てた時ぁ、どうだったんだい?」

ほっ、小さく笑った。和狆、かつては剣豪として名を馳せたが、

ある強者に敗れて以降、剣を捨て仏道に入っている。

そうじゃのう、和狆の小柄な身体が縁側に腰を下ろした。

飛騨の針葉樹林から漏れる淡い陽光を見つめた。

「潮時か、と思ったもんじゃのう」

「…………」

「お主はどうじゃ?もはや、潮時かな?その気があれば、骸羅と共に

鍛えてやるが」

よせよ、そう笑いつつ、複雑な表情で寝転がった。

和狆が去る。その間、覇王丸、河豚毒を抜き、頭上に掲げている。

数多くの敵を斬り、数多くの刃と交わった愛刀。

数多くの強敵と出会い、胸を躍らせた数多くの戦い。

潮時?―――その思いを、強烈に振り払う。

終わりなどではない。いや、終わりなどないのだ。

多くの強者が消えた、去った。それでも、自分は覇王丸なのだ。

剣に生き、剣に死す―――

その道は、たとえ何人であろうと、己であろうと変えられぬ。

「安心せい」

コト、と茶が置かれた。和狆が笑っている。

「いつの時代にも馬鹿はいるもんじゃ。お主は、馬鹿の先駆じゃな」

「師匠、ひどいぜ」

「示してやるがいい。後に現れる若僧どもに。お主が昔、十兵衛に

叩きのめされた時のようにな」

古い話を、と笑った。

若年、地元で無敗を誇った覇王丸は、武者修行の道中、四国で柳生十兵衛と

出会い、完膚なきまでに叩きのめされている。己の未熟と、浅はかさ、そして、

屈辱が、いよいよ彼を剣から離れなくさせた。

その立場に、今度は自分がなるというのか―――

「なるほど、馬鹿の親玉か」

「そう、馬鹿の親玉じゃ」

はっは、二人して笑った。

覇王丸、数日して山門を下った。その顔には一片の迷いもなかった。





「幻十郎」

墓が、一つ。随分と粗末で、殺伐としている。が、彼の友には

不思議とそれが似合っていた。

ざんばら髪の男が、剛刀を構えている。

カッ、下った。刃が、墓の肩をほんの僅か、見事な切り口でそぎ落とした。

ドッ、石片が落ちて、土埃が舞う。

「あの世で待っているがいい。腕を磨いて、女を抱いたりしてな。

俺は、少し遅くなるぜ。だが、せいぜい待ってろよ。俺があの世に行けば、

刃を交えるのはお前と決めているからな」

覇王丸、去った。その肩にほんの僅かな哀愁を乗せて。

花諷院和狆の言葉は、後に当たる。

離天京、二十年後、その地には、無数の“馬鹿”が集まっていた。

そこには、やはり、先駆者の姿があった。

ざんばら髪を下ろし、髪を白くしつつも、衰えを見せぬ膂力を持って

名刀河豚毒を振るう者の姿が―――


SPECIAL THANX : 死にかけ人形 様 「無愛想」:陰陽堂100HIT記念賜り物小説
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2006.11.15 trackback(0) comment(0)

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